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コラム

2025.12.26

シェリーシーズニングとは? ― 樽が生み出す香りの舞台裏

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ウイスキーの熟成に欠かせない存在として知られる「シェリーカスク」。その芳醇な香味を支える裏側には、「シェリーシーズニング」と呼ばれる工程があります。これは単なる“味付け”ではなく、ウイスキーとシェリーの文化が交差する、きわめて緻密なプロセスなのです。

シェリー樽を「つくる」ための工程

シェリーシーズニングとは、ウイスキー熟成用の樽にシェリー酒を詰め、数ヵ月から数年にわたって寝かせることで、木材にシェリーの成分を染み込ませる工程を指します。もともとウイスキー業界では、スペインからイギリスへ輸出された「シェリー樽」を再利用して熟成を行っていました。

しかし、1980年代にシェリーの樽輸送が禁止されたことで、この“偶然生まれた副産物”は姿を消してしまいます。そこで蒸溜所各社はスペインのボデガ(シェリー醸造所)と協力し、人工的にシェリー樽を作り出す「シーズニング」という方法を確立しました。そもそも輸送用の樽にも「シーズニング」が行われてきました。

オーク材に含まれているタンニンを減らす効果や殺菌など理由はさまざま。スチームしてから水を張る方法、果汁を満たして発酵させる方法、専用ワインで満たす方法など「あく抜き」としてシーズニングが行われてきました。ウイスキー作りではあく抜きという意味合い以外に、香りや味わいの付与としてシェリーシーズニングが行われます。

スペインとスコットランドをつなぐ職人

現在、この工程を支えているのが、スペインのクーパレッジ(樽工房)とボデガ(シェリー醸造所)です。スペイン産とアメリカ産のオークを使い分け、オロロソやフィノといったシェリーを数ヵ月間〜3年程度満たして樽を“仕込み”ます。シェリー酒の熟成方法は、ソレラシステムという継ぎ足し方式。そのため、ウイスキー用の樽は分けて保管されています。

またウイスキー用の樽で熟成された「シェリー」は出荷されることはありません。熟成方法が異なると「シェリー酒」ではなくなってしまうため、多くは蒸留されシェリー酒の添加用に回されるといわれています。この工程によって、オーク材がシェリーの香味成分を吸収し、ウイスキー熟成に最適な“香りの器”へと変化。

まさに、スコットランドの蒸溜所とスペインのボデガを結ぶ職人たちの連携プレーといえるでしょう。

「味付け」ではなく「第一熟成」

シェリーシーズニング用の樽は、ボデガに置かれている樽のうち1/5以上を占めていることがあります。そのため、「樽ビジネス」といわれることがありますが、シェリーシーズニングは単に「シェリー造りの副業」ではありません。ボデガ側にとってもこれは厳密な品質管理の一環であり、ウイスキー業界の要請によって成り立つ独立した生産システムなのです。

ウイスキーが放つレーズンやナッツ、ドライフルーツのような香りは、この工程で木材に刻み込まれたシェリーの記憶そのものといえるでしょう。私たちがグラスを傾けるとき、その香りの奥には、スペインの陽光の下で職人たちが行う“味付けの魔法”が息づいています。シェリーシーズニングは、まさにウイスキーの「見えない第一熟成」といえるのです。